秋のイメージ・オフコース

ミュージック

以前にチューリップ(富山県の県花になっている花ではなく、財津和夫さんがリーダーのバンドのことです。)のことを書いた時に、チューリップは春から夏の歌の印象が強いというような意味合いのことを書いたかと思います。

それとは逆に、秋から冬のイメージが強いのが私にとってはオフコースです。
なんて書いてもオフコースというバンド自体は1989年…ですから、30年以上前に解散しているので平成生まれの人は、リアルタイムでは知らないですね。

どうして、そんな感じを受けるんだろうと考えましたが、結局のところは個人のイメージとしてあるだけのことなので、単純に音楽の印象が秋から冬なのか、詩の中に秋や冬という言葉が多いからというような話のように思います。

相変わらず暑い日々が続きますが、田んぼ(通勤路が田舎なんです。)の横を通ったりすると、なんとなく秋の気配を感じて、オフコースの歌を思います。

 

 

 

オフコースの昔からのファンの方ならご存知だと思いますが、バンドの名前のオフコースは「もちろん」のオフコースではなく「コース外れ」のオフコースなので、ゴルフで言えばフェアウェイから外れたところで、悠々自適にプレイするというような意味合いです。

頑固者として知られる小田和正さんが、売れるために他人の意見を聞いて自分たちの音楽の路線から踏み外さないように、他人の意見に惑わされないようにアウトローな音楽活動をして行く、という意味を持たせて、既存のコースから外れたオフコースというバンド名を付けたと聞いたことがあります。

「さよなら」とか「Yes-No」が大ヒットしていた頃に、失恋だとか恋愛とかの歌を歌い「君を抱いて良いの?」と聞かなければ、女性を抱くことも出来ない腰抜けだの、男らしくないだのと難癖をつけられて軟弱なバンドだ、さんざん批判されていたこともあるオフコースですが、地球規模の愛を歌っていることに全く気付いていなかった当時の批評家は今では名前も聞きません。

 

 

逆に「嫌よ嫌よも好きのうち」だから、女性が嫌がっても強引にコトを進めるという主張をして男らしいと言われていた某歌手は同じ発言を今の時代にして袋叩きに遭っていますから、オフコースの歌っていた恋愛観は30年以上前から現代の男女を等しく尊重する考え方を表現していたということになります。

何事においても強い言葉で批判しているのを聞くと、批判者が正しいと思ってしまうことが、往々にありますが、批判を黙って受け流す強さを持った人こそ実際には一番真実をわかっているということなのでしょう。

誰にだって、一つぐらいは「さよなら」のようなエピソードがあるのでは?と思いますが、世の中には異性に振られたことなんて一度もないという人もいるという話なので、誰でもということはないかも知れませんね。

でもね、振ることに慣れた人よりも、振られることで心の痛みがわかる人の方が人としては成長して良い人になれるんじゃないかと思ったりするわけです。

そんな慰めを自分自身に言い聞かせながら、失恋の痛手から立ち直っていった若かりし頃を懐かしく思い出す歌がたくさんあります。

 

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